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25th Anniversary

今年は正月明け早々から、ずっとレコーディングだった。
作業はほぼ完了したが、中々楽しく、素晴らしいレコーディングだった。
メンバー、スタッフを含め、久しぶりの大人数での作業だったため、その工程一つ一つの思い出や、思い入れは色濃いものとなった。

今年は僕にとって25周年というアニバーサリーイヤーになるわけだが、一口に「25年」と言っても、それはそれは長い年月である。
その年に産まれた人は、もう25歳になる。
時間軸の視点を変えれば、僕が産まれる25年前と言えば、我が国はまだ第二次世界大戦の最中にあったわけだ。
そう考えると「25年」という時間は、中々、感慨深いものがある。

よくもまあ、性懲りも無く、「この道」だけをやってこられたなぁと、我ながら驚きの感も否めない。
然しながら、やってこられたんだから、この際、その事実を甘んじてお受けして、やれることをやってみようという思いに至った。

今年は、25年振りに僕の生まれ故郷でもライブをやることにした。
以前、このコラムでも書いたが、当時とは、見る影も無いほど様変わりしてしまった僕の「地元」ではあるが、僕が生まれた場所に変わりは無い。
恩恵も屈辱も受けてきた。
それなりに思い入れや、想い出もたくさんある。
僕が久しぶりに「帰郷」するライブによって、そんな地元の何かの一助になれば嬉しい限りだ。

レコーディングがやっと終盤を迎えたのも束の間、3月からはライブや、リハーサルに没頭する日々になりそうだが、「春」はもうすぐそこである。
記念すべき2016年が、いよいよ本格的に始動する。

あちこちで、また皆の顔に会えることを考えると、血湧き肉躍る思いである。


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さよなら、モーリスさん。

先日、1995年に発売した僕らのアルバム「SOS BATSU」をプロデュースしていただいたEW&Fのモーリスホワイト氏の訃報を知りました。
報道によれば、モーリス氏は長きに渡る闘病生活の後にご逝去されたのことで、僕も大変驚きました。

小学生の頃から聴いていたアース。
「September」や「After the love is gone」など、好きな曲を挙げ出したら枚挙に遑がないほどです。
そんな尊敬して止まないモーリスさんに、僕らのアルバムをプロデュースして頂けたことは、20年という長い時間を経た今でも、まるで夢のようです。

実際にお会いし、毎日、一緒にレコーディングをさせて頂いたモーリスさんは、とても気さくな方でした。
およそ「世界のスーパースター」というような立ち居振る舞いは一切せず、凄く親しみ易く接してくださったことを、まるで昨日のことのように記憶しています。
とは言え、一旦、レコーディングに入ると、その長いキャリアから得てこられたプロの眼光鋭い目つきや、その存在から放つ「オーラ」のようなものに、気圧されたことも同時に憶えています。

モーリスさんがあまりに気さくに接してくださるので、レコーディング中、しばしば、その偉大な存在を忘れてしまいそうになるのです。
然しながら、ある瞬間にふと、
「僕は今、凄い方を目の前にして、レコーディングしてるんだ」
という現実に引き戻されると、改めて身が震える思いでした。

緊張でガチガチになっている僕を、モーリスさんはフレンドリーに接することで、解してくださっていたのです。
その甲斐あって、レコーディングも滞りなく進み、出来上がった作品も素晴らしいものとなりました。

そんな僕にとって、数奇でかけがえの無い思い出をくださったモーリスホワイトさんは、もう、この世にいないのですね。
とても寂しく、残念です。

あの日、ロスアンゼルスのレコーディングで教えてくださったことは、今でも僕の宝物です。

モーリスさん、さようなら…。

そして、ゆっくりおやすみください。
心よりご冥福お祈り申し上げます。


立川俊之

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